この人と出会っていなかったらポルシェを買おうとは思わなかった
小さい頃から車が好きだった僕ですが、ある時まではその興味の対象は主に国産車であって、輸入車に対してはそれほど深く興味を持っておらず、というのも、輸入車はお金持ちの乗るものだと心の中で思っていて、「所有することの無いもの」への興味は自然とどこか他人事でもあったわけです。
それが、ある人との出会いをきっかけに少しずつ輸入車への興味が湧くようになります。
僕より10歳くらい年上の取引先の社長さん(Aさん)だったのですが、車が好きという共通点もあったせいか、公私共にすごくお世話になった方です。
Aさんはオフィスの一番奥の席に座っていて、僕が会社へ行くと自分の席のところへ僕を呼び、いつも仕事と全く関係のない車の話を楽しそうにするのですが、周りの従業員さんたちの目もあり、話は楽しいけどこんなことしてていいのか?なんて思いながら、自分の知らなかったマニアックな輸入車の話をしてくれるのでとても興味深く聞かせてもらったのを覚えています。
出会った頃はトヨタの「セルシオ」に乗っていて、「さすが社長」と思いましたが、Aさん曰く「こんな面白くない車いらん」だそうで、サラリーマンの僕からすれば「こんないい車なのになんで?」と思ったものです。
ところが、Aさんとの付き合いが長くなるにつれ少しずつその言葉の意味が分かるようになります。
Aさん、若い頃はホンダの「シビック」を改造して夜な夜な走り回っていたらしく、サーキットへ自分の車を持ち込んで走っていたこともあったそうです。
そのシビックは道路の段差を通過したときの衝撃でアッパーマウントが上に飛び出たらしく(少し誇張されているかもしれませんが)、「ホンダ車のボディは弱い」というのがAさんの口ぐせでした。
その後は少し落ち着いたのか「レンジローバー(2ndレンジ)」を購入し、キャンプや釣り(バスボートも持っていた)を楽しんでいたようですが、レンジローバーと聞いてもこの頃の僕は「でっかい四駆」くらいにしか思っておらず、その魅力が理解できるはずもありませんでした。
ある日、いつものように会社へ行くとAさんはパソコンのモニターを見ながら「これ見に行こう」と。
状況が理解できず戸惑っていたのですが、モニターを見るとそこに映っていたのは「ゴルフR32」で、どうやら近所のディーラーに中古車が入ったので実車を見に行こうとのことでした。
思い立ったら即行動のAさんの車に乗せられ、二人でフォルクスワーゲンのディーラーへ。
そして、到着すると早速試乗をお願いし、Aさんの運転でR32の試乗です。
シートはかなりタイトなバケットシートで、助手席に座った瞬間から「この車、ただものではない」と感じます。
ハイパワーなエンジンにMTの組み合わせ、足回りもかなり硬いですし、運転するには気合いの要る一台で、僕なら購入はしないと思いました。
試乗が終わり「買うんですか?」と聞くと「うーん」という反応でしたが、結局その数日後にAさんはこのR32を購入します。
聞いた時はビックリしましたが、なんとなくAさんのことが分かってきた頃でもあったので「買っちゃったか」という感じでもありました。
R32以降も突然シトロエンXMを購入したり、ある時はアルファロメオのクーペ(車種は忘れましたが50万円くらいだったらしい)を買って助手席にゴルフバックを積んでゴルフ場に現れたりと、色々と楽しいネタを提供してくれました。
そんなAさんがあるとき「一度はポルシェに乗りたいな」と言い出したのですが、僕の中ではポルシェは他の輸入車とはまた違った特別なイメージがあり、それを聞いたときの僕は「ついにポルシェに手を出すのか!?」そんな感じだったと思います。
車好きなら誰だって一度は憧れるポルシェですが、実際に購入する(購入できる)人はほんの一握りで、だいたいは憧れで終わってしまうのだと思います。
ただ、過去にも突然ビックリするような車を購入してきたAさんだけに、僕の中では「ポルシェ買うな」というちょっとした確信もありました。
思い立つとじっとしていられないAさん、早速近場で目ぼしい車を見つけたようで、程なくして「ポルシェ乗りに行こう」というお誘いが来ます。
この頃になると僕の仕事は営業というより「社長のお世話係」になっており、会社の人たちも「社長をお願いします」という感じで優しく見送ってくれるようになりました。
こうして、あるポルシェの認定中古車センターを訪れることになりますが、ポルシェディーラーの敷居は高く、一人だと到底訪問する勇気は無かったのですが、Aさんの付き添いということで僕としては「ラッキー」な経験をすることになります。
ディーラーの人にお目当ての車を説明し、実車の置いてあるところまで案内してもらいます。
Aさんが購入を検討していたのは997後期型のカレラでした。
「IMS問題」についてもディーラーの方と話していましたが、その当時の僕はIMS問題など全く知らない状態だったので「そんなのあるんですね」くらいにしか聞いていなかったのを覚えています。
ひととおり説明を受けて試乗もさせてもらいました。
ベージュレザーの上品な内装ですが、しっかりスポーツクロノも付いていて、間違いなくスポーツカーであることを主張しています。
ディーラーの方と僕とAさんの三人での試乗となり、このとき僕はポルシェ911の後部座席に乗っているんですよね。
それが狭かったのかどうか、ハッキリした記憶は無いのですが、足回りが硬い(といってもバタバタ跳ねる感じではなかった)のと、どっしりした重厚感のようなものを感じました。
15分ほどの試乗でしたが、これが僕のポルシェ初体験です。
ついにポルシェ911 初ドライブ
結局、このときに試乗した車は購入しませんでしたが、後日、別の997後期型をAさんは購入します。
そして、ある休みの日に「ドライブに行こう」と連絡があり、購入したポルシェで登場するのです。
僕の自宅まで迎えに来てくれたのですが、普通の住宅街にある僕の自宅の前にポルシェが止まっているのはちょっと異常な光景で、それを見た近所の人たちもいったい何事?と思ったかもしれません。
そう思うと、これからもしポルシェを購入して自宅のガレージに止めていたとしたら、妙な噂でも立てられるんじゃないかといらぬ心配をしたりしますが...
さて、男二人でのドライブですが、高速に乗り和歌山方面へと向かいました。
途中のサービスエリアで突然「運転して」とキーを渡され焦りましたが「普通の車やから大丈夫」というAさんの言葉もあり、恐る恐るですがポルシェ911のハンドルを握り高速道路を走りました。
しばらく走行車線を走っていたのですが「ちょっと踏んでみて」と言われ、勇気を出して追い越し車線へ。
僕の感覚ではほんの少しアクセルを踏んだだけですが、やはりその加速は凄まじく、純粋に「はやっ!」と感じたのを覚えています。
このとき、恐ろしいほどの加速力にも驚きましたが、まったく怖さを感じなかったことも同時に覚えていて、「さすがアウトバーンを走ってる車は違う」とレベルの違いを実感させられました。
その後、高速から山越えの道に入り、再びAさんの運転でポルシェを走らせますが、かつてサーキットを走っていた経験もあるAさんのドライビングはなかなかにハードでした。
ただ、Aさんの運転も上手ですし、車の安定感もあるせいか全くといっていいほど恐怖は感じませんでした。
このとき山を下った後にAさんが言ったのは「ポルシェのブレーキはすごい」ということでした。
ブレーキの効かない車で走るのは怖いけど、ポルシェにはその怖さがないそうです。
僕はそこまでハードなブレーキングをすることもないので正直違いは分かりませんでしたが、乗る人が乗れば違いは明らかなんでしょうね。
このポルシェですが、たしか1年ほどで売却したと記憶しています。
理由は「もっと気楽に乗れる車がいい」でした。
そして、アウディに乗り換えていましたが、ポルシェの売却金額は購入時とほぼ同じ価格を維持していたそうです。
(売却したのは6~7年前の話ですが、たぶん今もほとんど変わらない気がします)
こうしてAさんのおかげで憧れのポルシェ911をドライブするという貴重な経験も出来たのですが、この当時の僕は「自分には買える車じゃない」と思っており、購入するときの参考になるほど意識して運転もしていなかったので、今思えばもったいないことをしたなと思ったりもします。
もちろん今でも買えるのかどうかなんて分かりませんが、Aさんに「ポルシェ911買おうと思う」って話したらなんていうだろう?とは思いますね。
残念ながら数年前にAさんは他界され、今ではもう車の話をすることも無くなってしまいました。
Aさんとの出会いで僕の車選びの基準は大きく変わることになりましたし、いろんなことを教えてもらった(車だけじゃなく仕事のことも)人生の師匠のような存在でした。
そして、Aさんが最後に教えてくれたのは「生きてるうちにやりたいことはやっておけ」ということ。
死はいつ訪れるか分かりません。
だからといってネガティブにならず、前向きに一日一日を大切に生きようと思います。